アメリカ合衆国 シシュマレフ島_プロローグ
- 2007年12月28日(金) 14:21 JST
- 投稿者: tetujin60
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![アメリカ合衆国 シシュマレフ島(49島目) アメリカ合衆国 シシュマレフ島(49島目)](https://www.tetujin60.com/images/topics/topic_sisyumarefu.gif)
シシュマレフ空港で二人の荷物を軽々と運ぶ
リチャードの娘さんのステイシー
シシュマレフ島
一攫千金を夢見る男たち
ノームの犬ぞりレース
アンカレッジからノームまで1200Kmの犬ソリレースゴール地点
ノーム
カリブーの角はエスキモーの勲章
空港からの一本道
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/c/c_p9160202.jpg)
リチャード家の入口で記念撮影の小鉄
島に近づくと青空が見えてきた
夏はサンドバギー冬はスノーモービル
リチャード家の入口
ノームからシシュマレフ島へ向かうセスナ
シシュマレフ島
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![](/mediagallery/mediaobjects/disp/4/4_dscf0392.jpg)
ロシアの先端まではわずか200km
北端のウエルズからは100kmで
肉眼でも見える距離である
私は写真家「星野道夫」氏が過ごした
北極圏の島のことを知り
何が何でも行って見たくなった
島には宿泊施設も食堂もない
あらゆる旅行社からの返事も
「NO」
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![](/mediagallery/mediaobjects/disp/8/8_dscf0385.jpg)
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/a/a_p-170017.jpg)
![シシュマレフ島](/mediagallery/mediaobjects/disp/d/d8_p-50005.jpg)
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/7/7_p-40004.jpg)
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/7/7d_p-20002.jpg)
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/4/4b_p-10001.jpg)
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/a/a_p9120019.jpg)
![シシュマレフ島](/mediagallery/mediaobjects/disp/f/f_p9170209.jpg)
北極圏の生活とは一体どんな暮らしが
待ち受けているのか興味が湧く
滑走路だけの空港に,迎えのトラックと
日本製のサンドバギーが待っていた
島で最初に出会ったのが
リチャードの三女の
「ステイシー」(26)とは不思議な縁である
同便でノームへ出かける為
セスナを待っていた
美人のエスキモー人がその人である。
乗り継ぎのノームでは6時間の待ち時間があり
お陰で町を探索する事が出来た
定刻の5時30分にセスナは飛び立った
折から降り出した雨に視界はゼロ
先行き心細い旅の始まりである
しかし島の上空にさしかかると
天気も回復し,島の姿が現れた
旅は天の味方が必要だ
今から34年前の1973年に一人の日本人が
エスキモーとの3ヶ月の生活を体験している。
冬はマイナス40度~50度のフリーザーの
世界であり, 4月から8月は
白夜で太陽は沈まない
北緯66度の北極圏の9月は
強風が吹き荒れることも知らずに島を訪れた
最も良い季節は6月から8月で
気温も15度前後まで上る事を現地で知らされた
取材で訪れた日本人は寝袋持参で
体育館や教会で宿泊するのである
私たちは幸運に恵まれ,
エスキモー人と生活を共に出来る機会を得た
通常ルートは関西-成田-シアトル-アンカレッジ
-ノーム-シシュマレフ島のルートを取る
関西からは成田での乗継が悪く
カナダのバンクーバーを経由した
アンカレッジでB&Bを経営する
加藤さんが唯一望みを繋いでくれた
彼はメディアのガイド役として
島を訪れた経験者だからである
やっと吉報が届いた宿泊先は
「リチャード家」と言うだけ…。
![](/mediagallery/mediaobjects/disp/a/a_dscf0508.jpg)
米国・ロシア国境のベーリング海峡に近い
アラスカの西部に位置する
地球の温暖化で沈み行く島として
一躍,脚光を浴び,世界的に有名になった
「シシュマレフ島」はロシア語である
エスキモー語では「キギタック島」と言う
登場人物
リチャード・エドウィン スタセンコ(65)宿泊先の主人 教師
リチャード・ワレック スタセンコ (61)奥さん
長男 デニス(39)なめし工場のマネージャ・空港職員・ハンター
長女 メリー(30)幼稚園の先生 次女ケイト(29)
三女ステイシー(26)9月22日結婚
ロビー・ニンゲツ(40)デニスの友人・大工・船の持ち主
ロードリック(6)メリーの長男 ハリー(2)メリーの次男
ジョイ・ブラック 校長先生 唯一の学校(3歳~18歳)185人
運転はリチャードの息子デニス(39),
宿泊先のリチャードの(65)の名を告げると
5分も掛からず到着
その日は「9月11日」,
ニューヨークのツインタワーが
テロにより崩れ落ちた日である
テレビは当時のツィーンタワーの
映像を何回も映し出している。
プロローグ